武功夜話真偽論争への感想2006/09/18 01:12

久々に書きます。

「武功夜話」、という本がありますね。
歴史ファンなら、よくご存知と思いますが、遠藤氏や堺屋氏が小説のネタ本に使い、新人物往来社が全5巻刊行しているものです。

この本は、刊行当初から「怪しい」という風評がありましたが、4年ほど前に藤本正行氏・鈴木真哉氏という、アマでは名の通った研究者が、「偽書『武功夜話』の研究」という本を出版されて以来、「偽書」説がすごく有力になってしまった(ように思える)本です。

藤本氏・鈴木氏の著作は、私もよく読んでます。
大変論理的で視点の新しい話が多いので、「目からウロコ」という点が多いですね。

そういうご両所が書いた本なので、もちろんこの「偽書『武功夜話』の研究」には読むべきところ、ナルホドと思うところが多いのですが、それに対する私のコメントは後にして・・・

最近、この「偽書『武功夜話』の研究」に対する反論書が出ているのを知りました。

「稿本 墨俣一夜城」という本で、タイトルどおり、本論は永禄9年の墨俣一夜城築城を肯定する論評で、返す刀で「偽書『武功夜話』の研究」批判もやっているという感じです。

というのは、藤本氏の持論は、
「墨俣一夜城は実在しない」
であり、
「永禄9年の墨俣一夜城築城説は、明治40年に渡辺博士が誤謬に基づき唱えた虚説である」
ですから、堂々と
「永禄9年墨俣一夜城築城」
と書いている武功夜話は、
「明治40年以降に作られた偽書である。」
ということになるわけです。

「偽書『武功夜話』の研究」は、武功夜話一般に関する批判をしていますが、やはり一番主張したいのは、「墨俣一夜城」に関するものらしく、この部分だけで本文の1/4近くを占めています。

その他「偽書」説の根拠は(ご存知の方も多いと思いますが)、武功夜話には昭和の町村合併で出来た地名が使われているとか、明治以降に出来た用語が使われているとか、内容の相互矛盾、記述の非合理性等々があります。


「稿本 墨俣一夜城」の方には、これら「偽書『武功夜話』の研究」記述に関する反論もあって、その中には
「武功夜話には昭和29年以降に作られた地名が書いてある」
というのに対する反論もあります。
結論的には、それは地名の場所を取り違えているのだ、ということになるようです。
(ただ改めて読み返してみると、藤本氏の著作には、この有名な「昭和の地名問題」は含まれていないようですね。)


私自身はというと、過去、特に朝鮮の役に関する論文で、「武功夜話」の記述を引用してます。
朝鮮の役で、近年になってその存在が明らかになった「三奉行連署状」に見える三成の姿勢と、武功夜話の一部記述との整合性が良いので使いました。
(当時は「偽書『武功夜話』の研究」刊行前でしたが、もちろん内容的に相互矛盾が多い事とか、時系列がメチャクチャなことは私程度の人間でも気づく話でしたが)



偽書説・それに対する反論、どちらを正しいと感じるかはおいといて、両方読んでいて感じるのは、どちらも書き方がかなり感情的になっていると言うこと(一般向けの本だから、あえて熱い書き方してるのかも知れませんが)、あと武功夜話真偽論争が、その全体の議論ではなく、内容の一部分である墨俣城論争という局地戦におちてしまっているような気がする、と言うことですね。

もちろん「偽書『武功夜話』の研究」には、前述の通り、墨俣城の記述以外に関する批判もありますが、偽書説を主張される方(その反論も含め)全般に、墨俣論争を主にする傾向があるように思います。



私自身の武功夜話真偽論争に関する意見は、また改めて書きたいですが、いろいろ読んでて感じるのは、おそらく、こういう個別の記述に関するミクロな議論をしていても、議論が噛み合うことはないであろう、ということです。

もっとマクロ的に、例えば、武功夜話という文書が成立しうる背景があったかとか、本文中の問題のある記述の分布と割合、あとは原本の化学分析(最近、原本も公開されてきたようですから・・・とはいえ原本分析には限界あると思いますが)等を組み合わせた、客観性のある議論が必要なのではないかと思います。



最近、「『武功夜話』を巡って」http://shushen.hp.infoseek.co.jp/hitori/bukou-gi.htm
というサイトを見ました。
その中で、サイトの主宰者の言として、以下がありました。

「私には、『偽書『武功夜話』の研究』等は、『武功夜話』の一番脆弱なところ〔しかし、全訳本の弱点ではないところ〕を最大限に論っていて、余りフェアな議論の仕方をしていないのではと思えて仕方がありません。 」

私としては、共感できる言です。

コメント

_ mondo ― 2006/09/20 23:49

面白くよませていただきました。全然詳しくは無いのですが石田三成が大好きなのでたどり着きました。
先日も81年の加藤剛の関ヶ原見て号泣してしまいました・・・

_ SHUN ― 2006/09/22 00:18

mondoさん、はじめまして!

加藤剛の関ヶ原、豪華キャストでしたね。
「関ヶ原」は名著ですね。

_ まご ― 2009/11/10 14:57

読ませてもらいました。歴史は好きだけど、この問題については中立です。しかし、真贋について、ああでもない、こうでもない・・・ではなく、当時、富加などの地名が在ればそれだけでも正しかったことになるし、無ければ偽書確定なのに、なぜ精査しないのでしょうかね。

_ GK ― 2009/12/13 14:14

いまどき武功夜話を本物だと信じていたら、その人は、よほどおめでたいということになる。

_ KK ― 2010/02/20 16:23

今は、武功を信じているものはほとんどいません。
このブログはみっともないから消したほうがいいですよ。

_ 金吾宗滴 ― 2010/03/01 12:30

>KKさん
貴方は何様なのでしょうか?別にこの方は一言もここでは『武功夜話』を本物として捉えてはいないでしょう。論争者の切り口に問題があると言っているだけでは?
『武功夜話』批判をするのは勝手ですが、個人のブログ自体を”みっともない”の一言で掃いて捨てる、その精神構造そのものが客観的に見て”みっともない”ですよ?

_ KN ― 2013/02/02 12:05

はじめまして。いろいろ調査をして分かったことを書きます。
「武功夜話」には事実が書かれていることが多いです。しかしながら、現在の歴史家、郷土史家と利権の関係で偽書扱いにされることが多いです。岐阜県などの歴史家の出身を調べると分かります。
一般に知られず、事実であり、「武功夜話」と一致することは、各務原、笠松、羽島市は戦国時代まで「尾張」であった。「墨俣」は呼称であり、そのような地名は存在していない。「吾妻鏡」などの文献から、墨俣は「美濃国墨俣」、「尾張国墨俣」とあり、「美濃国墨俣」は墨俣町下宿付近、「尾張国墨俣」は羽島市小熊町。
現在の墨俣一夜城から検証すると「武功夜話」に事実と一致する部分がないが、「武功夜話」から辿ると実在する地名、地形が確かにあることが分かります。
概ね「武功夜話」が偽書にしたいのは、現在の墨俣一夜城に納得がいかない、地元の歴史家、郷土史家の一部には不都合な点が多い、さらに不都合だと感じる史家が主幹事であるということのようです。

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_ heeroへの架け橋 - 2006/09/23 02:49

 僕が歴史小説にのめり込んだのは司馬遼太郎の「関ヶ原」を読んでからです。1980