武功夜話原文を見てきました(再録)2009/07/11 19:35

過去のBlogの再録です。


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先日、機会があって「武功夜話」原文を含む、前野家文書を見せてもらいました。(原文と言っても、私が見たのは写真コピーですが)

まず驚いたのは、その物量ですね。
積み重ねて広げて、8畳の部屋一杯くらいあります。
全部で二万枚以上あるそうですが、「武功夜話」として活字になっているのは、本当にそのごく一部なんですね。

色んな文書がありました。
「武功夜話」はその由来にもあるように、前野家の子孫が代々にわたって書き綴ったものなんですね。
筆跡も紙質も違うものが、繰り返し出てきて、近世に近づくにつれ、段々綺麗になって読みやすくなってきます。
「武功夜話」として活字になっているのは、その一番最後の部分ですから、江戸後期の文体や言い回しが入ってくるのも仕方ないか、と思います。

武功夜話は、喧しく偽書説を唱える人が多い史料ですが、「偽書」だという人は、まず原文を自分で確認してからにすべきではないか、このことは、前々から思ってましたが、自分で実物を見て、その意識を益々強くしました。

名大の三鬼教授は最初「偽書」説で、原文調査をした上で、「偽書ではない」と言い直されたようですが、それは研究者として正しい姿と思います。

偽書説を唱える人が必ずいうことに、
『昭和29年に出来た「富加」という地名が武功夜話に出てくる。だからこの文書は昭和に作られた偽文書だ』
というのがありますね。
原文で実際にはそこに何て書いてるかも見せて貰い、写真も撮らせて貰いました。
私は史料の所有者ではないので、撮った写真の公開とかは憚りますが、非難論者がいうのと違う事実がありますね。こういう重箱の隅をつつくような非難は、原文見てからにすべきだ、と思いました。


私自身は、豊臣政権の中枢にいた前野家の子孫に代々伝わってきた話である、というだけで武功夜話の内容には尊重すべきものがあると思っています。

まだ未整理の史料が7千枚くらいあると言う話なので、そこから新たな発見があることに期待します。

コメント

_ 通りすがり ― 2009/07/13 15:53

原文もコピーも見ずに一級資料扱いした人間が多数いるのも事実です。

_ 同様参加者 ― 2009/07/19 06:13

はじめまして、
同場所だと思いますが、私もSHUNさん同様参加しておりました。私も原本見ずに偽書としている人間の見解には疑問を感じています。

原本コピー公開は有意義なものと考えておりますが、ネットにはまだまだ偽書であると勝手に断定するHPが多いのも事実です。

当日参加者にとっては充実してた話であったとは感じていますが、これ以上の詳しい内容をブログに書かないほうがいいと感じます。私も書くつもりはありませんし、書いておりません。理由は、勝手にねじ曲げて引用する人間が多いからです。

 話を聞かれて分かっていると思いますが、そのうち良くなると思いますよ。

以上

_ 同様参加者 ― 2009/07/19 06:21

再録と書かれておりましたので、別の場所でしょうか?
私は最近見ましたが。単純に再録であるならば、消していただいて結構です。

お手数かけます。

_ SHUN ― 2009/07/22 23:46

同様参加k者さん、こんばんは!

武功夜話原文ですが、私は吉田さん宅で個人的に見せていただいたので、違う機会で見たことになると思います。

あの物量には圧倒されました。

前野家縁者に伝わる話として、正当な評価がされるよになると良いですね。

_ 武功夜話に疑問を持っています ― 2009/11/15 20:18

 ご意見には納得しがたい部分があります。前野家文書に書かれているのは大部分戦国時代の出来事です。江戸時代後期になってから「子孫」と称する人々が二百年以上も前のことを書いた文書を全面的に信用している理由が分かりません。私にも先祖がありますが、「三百年前に私の先祖がこういう偉業を成し遂げました」と一方的に本にして信用されるでしょうか。
 前野家文書は本来所蔵者が自ら全面公開して徹底調査をしてもらうべきだと思いますが、それもされず一部だけを小出しに「写真コピー」などの体裁で出してきているのが実態です。公開するしないは所蔵者の自由ですが、偽書説を「原文を見ないで批判するのはおかしい」と主張するのは筋違いではないかと思います。現在、新人物往来社などから刊行されている刊本の「武功夜話」が一般に見ることのできる唯一の前野家文書なのだからそれを基に偽書説を展開してもなんら問題はないと思います。
 私は悪質な偽書・東日流外三郡誌について、所蔵者が一切原本を出さない一方で、「支持者」が「原本を見ずに批判するのはおかしい」と筋違いの主張を繰り返していたことを思い出します。支持者の中心だった歴史学者は、鋭い説もいろいろと発表されてきた方ですが、偽書に関わったために現在は全く忘れられた存在になりました。関わりになるべき文書ではないと思っています。

_ 通りがかり ― 2009/12/27 10:16

_ KG ― 2010/01/25 20:15

いまだに原本も公開されず、怪しげなコピーを見ましたでは、まるっきり話になりません。大体いまだに武功夜話を本物と信じていたのでは笑いものですよ。

_ 坪内利定 ― 2010/02/05 12:03

名古屋大学教授三鬼清一郎氏などが疑問に思って吉田家の原本を調査した時も同行したテレビ東京の「なんでも鑑定団」で有名な愛知文教大学教授の増田孝氏が、原本を見たにも関わらずなにも評価をせずに帰ってきております。これは骨董の鑑定の世界では有名な逸話ですが、こう云った評価に値しないまがい物には『結構なもので』というのみで評価はせずにお返しするようです!地元では東京T大学の歴史学教授が『前野文書』の拝見を所望してアポを取ったにもかかわらず、当日になって吉田龍雲氏が遁走したため何も見る事が出来ずに面目を失ったそうです。また『前野文書』の作者としてこの地方で有名な郷土史家の津田応助という方の名が挙がっているようです。江戸時代の和紙も墨も骨董屋に行けば手に入ります。いずれにしても複数の多方面に亘る学者チームの検証を受けなければ信用できません。

_ まご ― 2010/02/06 18:40

原本はある。しかし歴史素人の吉田氏が、売れればいいと面白おかしく小説にしてしまい、歴史的価値がなくなってしまった。今更公開すれば、それがバレてしまい出来ない。。。のだと私は思っています。

_ KK ― 2010/03/04 20:11

今多くの人が武功夜話のことを偽書と思っています。
だから中途半端な反論はかえって疑いを増すだけです。門外不出などと時代がかったことを言ってないで、権威ある公的機関に依頼して、本物の証明をしてもらう以外ありません。

_ まま ― 2010/05/22 00:01

昭和になって作られた地名を、重箱の隅をつつくようなとは、あきれたものです。私は見たなど嘘でしょう。こんなブログは消しなさい。

_ SK ― 2016/08/11 15:46

東大史料編纂所が武功夜話を調査したいということで村田家も
了解したのに、直前に村田家側はドタキャンしたそうです。

_ SK ― 2016/11/16 22:08

失礼 村田家ではなく吉田家でした。

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