【大河・軍師官兵衛】賤ヶ岳と三成2014/08/07 23:48

大河ドラマ、今週は清州会議から賤ヶ岳の戦いまででしたが、賤ヶ岳の戦いはずいぶん端折ってましたね。
美濃大返しも、盛政の中入りも、中川清秀の討死も無し。
清秀はここまでドラマ中で少し活躍してたから、最期も少し描くかな、と思ってましたが。

ドラマでは三成の出番もあまりなかったですが、実は三成は賤ヶ岳の戦いでは結構活躍しています。
歴史書では「一柳家記」の記述に基づいて、「三成も賤ヶ岳では先懸衆として武功を挙げた。」と書いてるのが多いですが、この話はどうも信憑性に問題あり、ですね。
「一柳家記」自体の書き方が曖昧だし、他の史料には出てこないですしね。

一方で、三成が諜報戦に活躍していたのは史実です。
地元、長浜の称名寺に命じて、賤ヶ岳の勝家方の動向を探らせていたのですね。
岐阜と近江で両面作戦していた秀吉にとって、勝家方の動きを逸早く掴むことは非常に重要であった分けです。
(このあたりの状況は、雑誌等に何回か書いています。詳しくは拙著「石田三成からの手紙」http://www.sunrise-pub.co.jp/isbn978-4-88325-490-3/をご覧ください)

裏話として、この称名寺の事を少し書きます。
この称名寺は元は美濃国安八郡にあった浄土真宗の寺です。
一向一揆を起こし信長と対立し敗れたため、一時は衰微してましたが、秀吉に復興されました。この時の住職・性慶はかなりやり手であったらしく、本能寺の変では秀吉の家族を保護し、美濃に逃がすなどの活躍をしています。

前回のドラマで、黒木瞳のおねさんが長浜から逃げるシーンがありましたが、これを手引きしたのが性慶なのですね。

性慶は、秀吉に認められ、後に湖北八万石の代官になっています。
三成とも接点が多かったと思います。

三成は結構、浄土真宗とも縁がありますね。
この辺はまた後日。

【大河・軍師官兵衛】小牧の頃の三成2014/08/15 23:04

大河ドラマは、天正12年の小牧の戦いまで進みましたね。

ドラマの中では、徳川強硬派の田中三成が、官兵衛と対立してました。
もちろん、これは今後のドラマの展開を睨んでの伏線というとこでしょう。

小牧の役当時の三成の行動は不明なところが多いですが、ドラマのように秀吉の戦略に影響を与えるような存在になっていたとは思えないですね。
ただ三成が秀吉に近侍して小牧に出陣していたことは、宇野主水日記等で裏付けられます。
またこの当時の三成は、上杉との取次ぎとして活躍しており、家康を背後から脅かす為の外交努力を行っていますから、家康と対立する動きをとっていたことは間違いありません。
(上杉景勝は家康と同盟していた佐々成政と戦うため、この頃は越中口に出兵しています。)

上杉家と三成の関係は、この前年・天正11年に遡ります。
賤ヶ岳の戦いの後、一旦冷却した上杉・秀吉関係を改善したのが三成・直江兼続のコンビですね。
天正11年6月に、上杉景勝は上条義真を人質として秀吉に送っていますが、臣従前の人質提出は異例であり、三成・兼続の外交により実現しました。

関ヶ原に至る前の時点でも、この両者の共闘は当時の政治情勢に様々な影響を与えましたね。

【大河・軍師官兵衛】三成の髭と肖像2014/08/30 11:58

最近の大河ドラマですが、三成は、敵役路線をひたすら歩んでいる感じですね。

三成=淀殿の今後の結託を匂わせるシーンもありますが・・・

淀(茶々)と三成を結びつける資料はほとんどなく、一方でおね(北政所)と三成の結びつきを示す資料は、白川氏らが盛んに発掘されたのですが、ドラマの方は旧来のまま、三成=淀派=反家康、正則・清正=北政所派=親家康路線で進みそうですね。

さて、田中圭さん演じる三成は、前々回あたりから鼻の下に髭を付け始めました。

あれは、ドジョウ髭というのか、横文字でストレート・パート、というのか良く分かりませんが、ネットでは専ら「似合ってない」という声が上がっているようです。
私も同感ですが。

しかし三成の肖像にはどれも髭がありますから、髭つきというのは考証をしっかりやっている証拠といえるかも知れません。

ご存知の方が多いと思いますが、三成の肖像で有名なのは、三成の次男の系譜、津軽杉山家に伝わるもので、私のHPに載せているものも、これの模写です。
杉山画像は三成の真影を一番よく伝えていると言われています。
描かれている服装は三成在世時の様式に遡れるものですが、現存する画像は、その筆致から原本ではなく模写らしい、とのことです。
三成の五十回忌の時に、孫にあたる吉成が複写させたのでは、との説があります。

他に有名なものとして、龍潭寺にある肖像があります。
恰幅よく、右手に書類を手に握っていて、武家というより長者のような雰囲気のあるものです。
よく雑誌や本で紹介されていますね。
私も好きな肖像ですが、これは真影を伝えたものではなく、三成三百回忌の法要のために描かれたものです。
三成を捕縛した田中吉政の子孫の方が奉納したもので、画家は岸勝となっています。

他には、三成の骨格から石田多加幸氏が複顔依頼されたものをベースにした三成像があります。
(ちなみにこの複顔像も有名ですが、あまり評判は良くないですね。)
科学的に複顔されたものを元にしているので、信頼性という意味では高いのかも知れませんが、複顔では表情や顔の雰囲気までは分からないので、印象はいか様にでも作れてしまうかもしれませんね。
母親や父親の肖像の雰囲気は参考にしているように感じられます。


他に、これら三つの肖像のどれかをベースに書かれた三成画像もいくつか存在しますね。
どれが三成のイメージに合うかは、人それぞれでしょう。