三成-昌幸相婿説に関連して2016/11/06 20:40

このブログでも何回か書いたように思いますが、真田昌幸と三成は、ともに宇多頼忠の娘を妻にした相婿だという説があります。
そういうことを書いた史料は確かにあるのですが、信憑性には問題あり、真田側の研究者にはほぼ否定された説ですね。

正直、私もどうかなぁ、とは思っていますが(そうだったら面白いとは思いますが)

これに関し、水野伍貴氏が、三成祭での講演でこんな指摘をされていました。
「三成らが挙兵後に、大坂にいる諸将の家族を人質として収容した際、混乱を防ぐ為、親戚筋に引き取らすようにした。たとえば前田関係者は、縁戚の宇喜多が引き取るなど。
翻って真田を見ると大坂にいた家族は大谷が引き取っている。これは大谷が、信繁との縁で一番の親戚だったからで、もし昌幸、三成が相婿だったら石田家が引き取っていた筈である。」

中々説得力のある意見ですね。
大谷が真田の家族の面倒みて他のは三成書状に書かれていますから。

ただ本当に石田家がどのような人質の収容をしていたかは、よく見る必要あるでしょうが。(あまり血縁関係なしにやってたような気もします。)