「石田三成からの手紙」-なぜ12通なのか ―2012/10/20 10:30

執筆に関わる裏話を少し書いておきます。本の目次はこれ↑


実は元々考えていたタイトルは、
「『戦国人・石田三成からの12通の手紙
  ー書状にみるその生き方ー』
でした。

出版社の方の、シンプルなタイトルが良い、という意見でいまのタイトルになり、「12通」という文言はサブタイトルに廻っています。

ただ実は、この「12通」という数字には結構こだわりがありました。
タイトルで紹介する書状は12通が良い、という感覚があったんですね。「11通」でも「13通」でもいけないと。
なぜか理由は自分でも分かりませんでしたが。

ただ三成が心情を吐露した書状として、7,8通程度はすぐに思いつくのですが、残りがなかなか決まらない。
数合わせのために書状を増やして紹介するのも何なので、「10通の手紙」か「11通の手紙」にしようかな、と思ったこともありましたが、どうもしっくり来ない。
それで、無理やり含めた12通目が、第二章の直江兼続あての書状です。
本書読んでもらうと分かりますが、これは結構事務的な手紙です。

無理無理押し込んだものの、あまり三成の人間性が表れた書状でもないので、その第二章は、さらっと書いてずっと放っておきました。

その他の章は、そこそこ力を入れて書いて(まあアチコチで既に書いている内容もあるので)、全体をラフに仕上げて、読み直した最初の感想は・・・
「うーん、何かテーマ性のない散漫な本になっちゃったなあ。」
・・・ということでした。

まあ人生のいろんな局面での書状を切り出して個別にとりあげていったので、何となく脈絡の乏しい本になるのは仕方ないかな、という気もしましたが、何か三成の人生を貫くテーマみたいなものは見いだせないだろうか、というあたりが不満だったんですね。

それで考えなおしたとき、ある瞬間、この最初いい加減に書いていた、二章の重要性とか意味合いが、急に見えてきたような気がしました。
三成と上杉家(=兼続)の関係は、単に政治的な繋がりではなく、三成の生き方を考える上で非常に重要だぞ、と。

それは天啓みたいなものでしたね。
「そうか、だからこの本では二章に兼続宛ての書状がきてないといけなかったんだ!」
「だからこの本には12通必要だったんだ!」
と、そのとき自分自身で気づいた、という感じでした。
最初は全く意図してなかったんですけどね。


それで二章は大々的に書き直してまして、出版の方にも迷惑かけましたが、何とか自分でも納得できるものになりました。

私が感じた三成の人生のテーマというのは、本書のアチコチに書いていますが、自分自身の文才のなさもあるので、うまく伝わっているかどうか分かりません。

私の感じ方が果たして正しいかについても、これからも自分自身でも考えていかないといけないと思っています。

コメント

_ 湖西っ子 ― 2012/10/21 16:58

こんにちは
以前ブログで「いつか本を」という記事を拝見してその日を楽しみにしていました。
本人さんの手紙と中井先生の文章、(復刻版の歴史群像で忍城と文禄の役について読ましていただきました)こんな本であったらと思っていたのでタイトルを見てびっくりしました。
たのんだ本が届くのを待っています。

_ SHUN ― 2012/10/24 23:55

湖西っ子さん、こんばんは!
コメントありがとうございます。期待に添える内容になっていたら良いのですが。
是非忌憚ない感想をお聞かせください。

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